「家で作る唐揚げは、なぜお店のようにジューシーにならないのか?」
この問いに対して、精神論や感覚だけで語る時代は終わりました。
表面がベチャつくのは「水分蒸発の制御ミス」であり、中がパサつくのは「タンパク質の熱凝固温度の管理不足」という明確な物理的敗北です。
今回解析する動画は、日本料理界の重鎮・笠原将弘氏が30年の料理人生で到達した「最高の唐揚げ」です。
一見すると普通のレシピに見えますが、その工程一つ一つを技術的な視点で分解すると、理にかなった「化学」と「物理」が詰め込まれていることが判明しました。
この記事では、動画で紹介された技術をロジカルに言語化し、なぜその手順が必要なのかを徹底的に紹介します。
これを読めば、あなたはキッチンという名のラボ(実験室)で、確実に最高傑作を生み出せるようになります。
動画紹介
- 動画タイトル: 料理歴30年かけてたどり着いた「最高の唐揚げ」中ジューシーで外はカリッカリ!その極意を全て教えます。
- チャンネル名: 【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道
ポイント①:肉汁流出を阻止する「筋の引き抜き」と「表面積比率の最適化」

多くのレシピでは「筋切り」として包丁で切れ込みを入れることが推奨されています。
しかし、笠原氏の手法は全く異なります。
包丁で切るのではなく、「物理的な張力で引き抜く」というアプローチを採用しています。
ここには明確な流体力学的な意図が存在します。
包丁で筋を切断するという行為は、同時に周囲の筋繊維まで断裂させることを意味します。
加熱時、肉内部の水分(肉汁)は圧力が高まることで逃げ場を探しますが、断裂した繊維の断面は格好の「出口」となってしまいます。
結果、旨味成分を含んだ肉汁が揚げ油の中に流出し、仕上がりがパサつく原因となるのです。
筋を手で引き抜くことで、周囲の組織破壊を最小限に留め、肉汁の流出経路を塞ぐことができます。
これは、微細な血管手術のような繊細さが求められる工程ですが、仕上がりのジューシーさに直結する重要なファクターです。
さらに、笠原氏は肉をカットする際、「かなり大きめ(一口大以上)」に切り分けています(03:07付近)。
これも「表面積と体積の比率(S/V比)」を考慮した技術的判断です。
物体が小さくなればなるほど、体積に対する表面積の割合が大きくなり、熱伝導が早すぎて内部の水分が過剰に蒸発してしまいます。
肉を大きく保つことで、中心部への熱伝導を緩やかにし、水分保持能力を高めることができるのです。
【分かりやすく言うと!】
水風船をイメージしてください。
包丁で切り込みを入れるのは、水風船にカッターで傷をつけるようなもの。
そこから水が漏れてしまいます。
笠原氏の方法は、風船を傷つけずに中の邪魔なゴムだけを取り除くような技術です。
また、お肉を大きく切るのは、小さな氷より大きな氷の方が溶けにくい(=中身が守られる)のと同じ原理です。
ポイント②:浸透圧を制御する「飲用清酒」と「香味野菜の酵素作用」

下味の工程においても、徹底した化学的な配慮が見られます。
特筆すべきは「料理酒」の使用を否定し、「飲用可能な清酒」を指定している点です。
市販の「料理酒」には、酒税法上の理由などで2〜3%程度の塩分が添加されていることが一般的です。(参照:国税庁 酒税法 料理酒 不可飲処置)
ここで問題となるのが「浸透圧」の制御不能です。
醤油ですでに塩分濃度が高い状態に、さらに料理酒の塩分が加わると、浸透圧が過剰に高まります。
高すぎる浸透圧は、肉の細胞内から水分を急速に引き抜き(脱水)、肉質を硬化させてしまいます。
純粋な清酒を使用することで、塩分濃度を適正値(1〜1.5%程度)にコントロールし、肉の保水性を維持したまま、アルコールによる臭み消し効果と有機酸による軟化効果だけを享受できるのです。
また、ニンニクと生姜を併用することで、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の働きを利用しています。(参照:東京家政学院大学 畜肉軟化における各種調理法の研究)
これらが肉の筋繊維を適度に分解し、加熱後の食感を柔らかくする触媒として機能します。
30分という漬け込み時間は、これらの化学反応が進行し、かつ過剰な脱水が起きない絶妙な平衡点(均衡点)と言えます。
【分かりやすく言うと!】
塩水にキュウリを入れると、水が抜けてシワシワになりますよね?
あれが「浸透圧」です。
塩分入りの料理酒を使うと、塩辛くなりすぎてお肉の水分まで抜けてしまい、固くなってしまいます。
純粋なお酒を使うことで、お肉の水分を守りながら、香りだけをつけることができるのです。
いわば、お肉にとっての「優しい保湿パック」を作っている状態です。
ポイント③:食感のレイヤーを作る「ハイブリッド衣形成プロセス」

(★対象時間:06:08付近)
ここが笠原流唐揚げの最大の技術的ハイライトと言っても過言ではありません。
衣を「薄力粉」と「片栗粉」の二段階で構成する「ダブルコーティングシステム」を採用しています。
まず、漬け込んだ肉に残った調味液を捨てずに、そこに直接「薄力粉」を投入し、揉み込んでいます。
薄力粉に含まれるグルテン(タンパク質)とデンプン質が、余剰な調味液(水分)を吸収し、粘度の高い「バッター液」のような層を肉の表面に形成します。
この層は「旨味の封じ込め」と「下地」の役割を果たします。
次に、その上から「片栗粉(馬鈴薯デンプン)」をまぶします(06:45付近)。
片栗粉は薄力粉に比べてアミロース含有量のバランスが異なり、油で加熱された際に急激に脱水し、硬質な被膜を形成する特性があります。
つまり、内側には「調味液と一体化した旨味の層(薄力粉)」、外側には「物理的な衝撃に耐えうるクリスピーな層(片栗粉)」という、機能の異なる二つの層を構築しているのです。
これを単一の粉で行おうとすると、味が薄まるか、あるいは食感が単調になるかのどちらかですが、このハイブリッド方式ならば両立が可能です。
さらに、衣をつけた後にバットに並べて「空気に触れさせる(乾燥させる)」工程(08:10付近)も見逃せません。
揚げる前に衣の表面水分を揮発させておくことで、油に入れた瞬間の油温低下を防ぎ、メイラード反応(褐変反応)を最速で開始させるための準備動作です。
【分かりやすく言うと!】
壁にペンキを塗る時、「下地」を塗ってから「仕上げのペンキ」を塗りますよね?
それと同じです。
薄力粉が「接着剤兼旨味のベース」となり、片栗粉が「雨風(油)を防ぐ頑丈な鎧」となります。
さらに、揚げる前に少し乾かすのは、濡れたままペンキを塗らないのと同じ理屈。
乾いている方が、油に入れた瞬間に「カリッ」といい音がして、美味しく仕上がるのです。
ポイント④:熱エネルギー移動の魔術「二度揚げと余熱調理」

(★対象時間:11:19付近)
揚げ油の温度は170℃。ここでのプロセスは以下の3段階で構成されています。
- フェーズ1:初期加熱(3分間)
冷たい肉を油に入れると油温は下がりますが、徐々に表面が硬化します。
しかし、肉が大きい分、中心部はまだ生の状態です。
ここで無理に揚げ続けると、中心に火が通る頃には表面が焦げて(炭化して)しまいます。 - フェーズ2:熱伝導の均一化(休ませ・3分間)
油から取り出し、バットの上で放置します。
これを笠原氏は「肉汁が興奮状態」と表現していますが、物理的には「熱伝導による温度勾配の解消」です。
表面の高温(約170℃近く)が、冷たい中心部へとゆっくり伝わっていきます。
油という外部熱源を遮断することで、表面の過剰な加熱を止めつつ、保有している熱エネルギーだけで内部を調理する。
まさにエネルギー効率を極限まで高めた調理法です。 - フェーズ3:表面脱水と再加熱(二度揚げ・2分間)
休ませている間に、内部から押し出された水分が衣に戻ってきます(これがベチャつく原因)。
これを飛ばすために、再び油に入れます。

この二度揚げの際、笠原氏は唐揚げを持ち上げて「空気に触れさせる」動作を行っています(13:30付近)。
これは単なるパフォーマンスではありません。
油の中よりも空気中の方が水蒸気の逃げ場(分圧差)が確保されやすく、衣の表面についた微細な水分を一瞬で気化させる効果があります。
これを繰り返すことで、衣の水分含有量を極限までゼロに近づけ、音が出るほどのクリスピーな食感を完成させています。
【分かりやすく言うと!】
厚切りのステーキを焼く時と同じで、ずっと強火で焼き続けると外は黒焦げ、中は生焼けになります。
一度取り出して休ませるのは、「余熱」という見えない火で中をじっくり温める時間です。
そして最後の二度揚げは、表面に戻ってきた水分を吹き飛ばす仕上げの作業。
お風呂上がりにタオルで体を拭くように、油と空気の力で徹底的に水分を取り除くことで、あのカリカリ感が生まれるのです。
まとめ
笠原将弘氏の唐揚げが「究極」と呼ばれる所以、それは感覚に頼らない「水と熱の徹底的な管理」にありました。
- 筋抜きと大型カットによる水分保持構造の確立。
- ダブル粉システムによる旨味と食感の機能分離。
- 二度揚げプロセスによる熱伝導の最適化と表面脱水の徹底。
これらは全て、食材のポテンシャルを物理的・化学的に引き出すための必然的な工程です。
スーパーで買ってきた鶏肉が、高級割烹の味に変わる瞬間。
それは魔法ではなく、正しい技術を行使した結果に他なりません。
今夜のキッチンで、この「論理的な揚げ作業」を実践し、一口かじった瞬間に溢れ出る肉汁の洪水と、脳に響く衣の破砕音をぜひ体験してください。
技術は、あなたを裏切りません。

